東京地方裁判所 平成11年(ワ)14540号 判決
原告 A
訴訟代理人弁護士 佐藤恭一
被告 曹洞宗
代表者代表役員 大竹明彦
訴訟代理人弁護士 五百田俊治
同 雨宮眞也
同 小幡葉子
同 板垣眞一
同 本山健
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、三〇〇〇万円及び平成一一年七月七日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 仮執行宣言
第二事案の概要
一 本件は、曹洞宗の僧侶であったB(原告の兄で平成九年一一月二〇日に死亡した。以下「B」という。)が、被告から開教師に任命され、昭和一五年五月頃から平成九年一一月二〇日死亡するまでの間、アメリカ合衆国において曹洞宗の布教活動に従事してきたところ、Bを相続した原告が被告に対し、Bが右布教活動に伴い負担した費用(月額四〇万円)の最後一〇年分相当額のうち二七九七万四三〇〇円について、準委任契約に基づく費用償還請求権、事務管理に基づく有益費償還請求権あるいは不当利得返還請求権を根拠にその支払を求めるとともに、開教師に対する補助費として二〇二万五七〇〇円の以上合計三〇〇〇万円の支払を求めた事案である。
二 基礎となる事実
(当事者間に争いのない事実及び証拠等により容易に認定できる事実)
1 Bは、駒沢大学を卒業後、天浄寺の住職となっていたが、昭和一五年二月に曹洞宗の北アメリカ別院詰めの開教師に任命され、同年五月頃からアメリカ合衆国における布教活動を始めた。〔甲5、15、乙2の4ないし9、4の1ないし4、6、争いのない事実〕
2 開教師は、管長から任命され、海外において曹洞宗の教義を宣布するため派遣される僧侶で、現地の開教総監の指示を受けて、布教活動に従事することとなる。〔乙2の1、2、4ないし9、4の1ないし4、6、証人山本健善〕
3 曹洞宗においては、昭和六三年から開教師に対して定額の補助費(金額は、昭和六三年から平成六年まで年額一三万五一〇〇円、平成七年以降は年額三六万円である。)が支払われるようになったが、それまでは金銭的な支給をしておらず、Bに対しても同様であった。〔乙3、9、10、証人山本健善、争いのない事実〕
4 Bは、平成九年一一月二〇日死亡し、原告が同人を相続した〔甲14、争いのない事実〕。
三 当事者の主張と主たる争点
1 原告
(一) Bの布教活動費用としては一か月四〇万円を下回ることはなく、
(1) Bと被告の間には海外布教活動に関する準委任契約が成立しているのであるから、その費用償還請求権に基づき、Bの死亡前一〇年分四八〇〇万円のうちの二七九七万四三〇〇円の支払を求め、
(2) 仮に、準委任契約の成立が認められないとしても、Bが曹洞宗の海外布教という事務を被告のために管理したことにより発生した有益費償還請求権に基づき、あるいは、Bが自ら費用負担をして曹洞宗の海外布教をしたことにより、被告がその費用負担を免れたのであるから、不当利得返還請求権に基づき、右同額の支払を求める。
(二) Bは、被告の開教師として活動していたのであるから、昭和六三年から平成九年までの補助費合計二〇二万五七〇〇円の支払請求権を有する。
2 被告
(一) 被告とBの間に準委任の関係はなく、事務管理、不当利得も成立していない。
(二) 開教師に対する補助費については、開教総監の指示による活動を行い、かつ、開教総監に活動報告(当初は例外的に口頭によるものも認められていたが、原則は書面による報告)をした開教師に対して支払われるものである。Bは、開教総監の指示に従わず、さらに、口頭あるいは書面による活動報告を開教総監にしていないのであるから、支給要件を充足せず、Bは補助費請求権を取得してはいない。
仮に、Bが補助費請求権を取得したとしてもそれは定期給付債権であるから昭和六三年分から平成五年分までについては時効により消滅している。被告は、平成一二年一月二六日の第四回弁論準備手続期日において右時効を援用する旨の意思表示をした。
3 主たる争点
(一) <1>Bと被告の間に準委任契約が成立したと認められるか、<2>仮にそうでないとしても、Bの布教活動が被告の事務管理と認められるか、<3>あるいは、Bが布教活動に伴う費用を負担したことにより、被告が法律上の原因なくして同額の利得を得たと認められるか。
(二) Bが開教師に対する補助費請求権を取得したか。
第三判断
一 準委任契約の成立について
1 委任契約(準委任契約を含む)は、委任者が、委任者か第三者の事務(受任者の事務は含まれない)の処理を受任者に委託する契約である。そして、受任者が、委任事務を処理する上で、善管注意をもって必要と判断して立替え支出した費用については、委任者に対してその費用と利息の償還を請求できることとされている。
2 ところで、開教師は、管長から任命され、海外において曹洞宗の教義を宣布するため派遣され、現地の開教総監の指示を受けて、布教活動に従事するのであるが、そもそも布教活動が個々人の信教の自由の一内容をなすものであり、信仰心の発露としてなされるものである以上、曹洞宗の教義についての解釈や、誰にどのような内容をいかなる方法で布教するかについて、被告の見解が開教総監を通じて開教師に指示されたとしても、その指示内容を開教師が被告に対して負担する法的な義務と解することはできず、開教師としてはその内容を自らの信仰内容に照らして受け入れるか否かにつき判断選択し、その判断選択の結果として布教活動を行うのであるから、それはあくまでも開教師個々人の信仰の自由に基づく活動、つまり自己の事務と解するのが相当である。
開教師の判断選択の結果、被告の求める布教活動がなされ、それが被告の目的達成にとって有益なものとなることがあるとしても、それはあくまでも結果として生ずる効果であって、右判断を左右するものではない。
3 以上のとおり、被告とBの間に準委任の関係があることを認めることはできない。
二 事務管理・不当利得の成否について
右一2で認定のとおり、布教活動それ自体については、B自身の信仰心の発露としての活動と解するのが相当なのであるから、それに要した費用について、被告に対する事務管理に基づく有益費費用償還請求権や不当利得返還請求権が成立するものとは認められない。
三 開教師補助費について
1 被告においては、昭和六三年から開教師に対して定額の補助費(金額は、昭和六三年から平成六年まで年額一三万五一〇〇円、平成七年以降は年額三六万円である。)を支払うようになったが、それまでは金銭的な支給をしてこなかった(基礎となる事実3)。
2 ところで、被告と開教師の間に、準委任の関係が認められないことは前示のとおりであるが、被告において、開教師に対して何らかの金銭的給付をすること自体が許されないわけではなく、被告において決定すれば足りるところである。
3 そして、開教師に対する補助費は布教活動に対する曹洞宗としての援助であるから〔証人山本健善〕、その場合における支給要件をどのように定めるか、また、どのような運用を行うかについては、明らかに不合理であるなど特段の事情のない限りは、被告の判断を尊重すべきものと解されるところ、証拠(乙2の4ないし9、4、6、証人山本健善)によれば、右補助費については、開教総監の指示による活動を行い、かつ、開教総監に活動報告(当初は例外的に口頭によるものも認められていたが、原則は書面による報告)をした開教師に対して支払われるものとして運用されているものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
4 また、右補助費の制度は曹洞宗報〔乙9、10〕で紹介されており、Bが昭和五七年から平成七年まで教師賦課金の免除申請を北米開教総監を通じて行っていた〔乙7、8(枝番を含む)〕ことや証人山本健善の証言によれば、右宗報はBのもとにも届けられており、Bにおいてもこの制度は知り得たものと推認される。
5 しかしながら、Bが右制度に基づく報告を開教総監に行ったことを認めるに足りる証拠はないのであるから、原告の補助費に関する請求は理由がない。
四 以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がないので、主文のとおり判決する。
(裁判官 坪井宣幸)